20章 いるべき世界 『ドガッ!』 「えっ?」 一体何? 目を開けると知らない男の人が、女の人を蹴飛ばしていた。 女の人は一気に家5軒分くらい吹っ飛んで、急に止まった。なんで? あれ。また足が地から離れてるような。というか、なんで上空から見たようにわかったの? あ、そっか。あの人は見えない壁に突き当たったんだ、きっと。 そういえば地面に足のついた感覚にも覚えがある。だから、多分私を持ち上げてるのは…… 「どうやら、間に合ったらしいな」 「ラガ、なんでいるの?」 そういえば案内人も呼び出せれるんだっけ。だけど呼び出してないよ? 私。 呼び出さなくても来れるものなのかな。でも、それって召喚の意味あるのかな? 「あいつが呼びに来たんだよ。今回は別口だ」 ラガが指差す先には知らない男の人と女の人が睨みあっていた。お互いすごい気迫。 「あんた、生きてたの」 「おまえにやられる程甘くないからな」 2人とも人じゃなかった。だって、なんであんなに指の爪が鋭いの!? 上空からでもはっきりとその長い爪が見えるのはどうして? 夜だよ、今。変だってば。 そんな私の心の疑問とは裏腹に、2人の周囲を包む雰囲気は優しいものじゃなく。 あたりはピリピリとした空気が流れてる。多分、少しでも動けば、ううん動いた瞬間やられる。 私はただ2人を見ていることしかできなかった。じっとただ見るだけ。魔法がなかったら私は何もできない。 悔しいけど、事実で。でもそれをすんなりと認めることは出来ないよ。 鈴実を助けに私は来たのに。その私が誰かに助けてもらってるようじゃ、鈴実の力にはなれないから。 『パキ……ベリッ』 なんだろう、さっきの。小さい音だけど、何かが割れたような音がした。 それは、睨み合って牽制してる2人にはその音は耳に届かなかったみたいだけど。 気を逸らせばここぞとばかりに狙われる。2人はお互い相手をじらせようとしていた。 私はその二人の攻防からは目を逸らして空を見上げた。 遠くから何かが飛んできてる。……もしかして! ラゴスだ。間違いない。ということは、あの見えない壁が消えた? 『解けたぞ』 「やった……ラガ、あの人を連れて離れて! すごい魔法を使うから!」 私がラゴスの背に飛び乗ると、ラガは即座にあの人を回収した。 女の人は爪を振りかざしたけどラガは上手くかわしてそのかわしざまに爪を蹴って壊した。 私もはやくケリをつけて鈴実のほうに行かなきゃ! 今こんなとこで勝手に落ち込んでる場合じゃなかったよね。しっかりしないと! いきなり強くなることなんてできないんだから。 「風よ荒れ狂れ! 雷の雨よ降り注げ!」 ちょっと待って。唱えた後に、感じたんだけど。大規模すぎるって、そう感じる。 でも魔法は唱えてしまったら、もう止める事はできない。 「風雷神招来、我が力を依りしろに、叫びに応え滅却せよ!」 『バシュッ!ズドドドドッ!』 「きゃあああああああああ!」 魔法は女の人に当った。風が女の人の体を叩き切り刻み、雷がたくさん降り注いだ。 だんだん雷の光が眩しくなっていった。まだ、止まらない……? 音も大きくなった。開けていられなくなって目を閉じ耳を塞いだ。 風と雷の音がやっと終った頃にはもう女の人の姿はなかった。 そこから半径1メートルくらいまでは焦げて、その中心にいるはずの女の人は焦げているのを通り越していた。 呆然としてる私にラガが近づいてくる。 「おい、どうした?」 「威力が大き過ぎた……殺したの? 私……」 「いや? 後は……華科様か。ラガ、それとおまえ。ありがとな。俺は華科様のほうに行く」 「ああ。だが、もう終わっているんじゃないか。あの方が居られたからな」 「わかってる。それでも、確認はちゃんとしとかないと。俺、監査だからさ」 「自覚があるのなら神官の俺を巻き込むなよ」 「悪い悪い。さすがに、この件は大きすぎたんだよ」 「華科様のことか?」 「行方が知れないと思ったら、まさか封印されてたとはなー。こっちの人間も無茶するもんだよ、まったく」 「するだけのことがあったんだろう。放置していたお前が悪い」 「だーからそのことについては、もう言わないでくれよ。ピュア様にこってり絞られたんだから」 「鳥神様の罰則は寛容すぎる。お前の所属が竜神様であれば今頃俺がその首を飛ばしているところだ」 まわりが何を言ってるのか、私の耳には何も聞こえなかった。 殺す気なんて、なかったのに。封印した後の事なんて考えてなかった。 魔法を使った時も、気絶するとか死なない程度だと思っていたのに。 知らない人はどこかへと姿を消した。でもそんなこと私は気にしなかった。 「ねえ、死んじゃったよね。さっきの人」 「死んでないぞ」 どうしよう……自分の魔法があんなに威力があったなんて知らなかった。 なんだか目の前がぼやけてきた…魔物は魔法で消滅させたことがあった。 でもその時は何も感じずただ魔法を使って。命の危険なんて感じることなんてなかったのに。 「おい。話、聞いてるのか。お前が振ったんだろう」 あの人は、人じゃなかったのかもしれない。普通の人にはあんな芸当できるものじゃないし。 思えば魔物も命あるものには変わりないんだよね…あの時は私達を殺そうとしてたけど。 でも、魔物じゃなくても人は自分達とは違うからって人外のものはすぐ殺そうとするよね。 私は殺してしまった。何か事情があったかもしれないのに。 「おい、清海」 駄目だね、私。さっき強くなろうと思ったのに。魔法の威力も知らないで。 無知は不幸、そういうことで。後悔は先に立たない、の言葉一つで済ませていいものじゃない。 肌に突き刺さる風はさっきよりも鋭く吹きつけてきた。 「あいつは此処にはいないが、生きてるぞ」 「ラガ、帰って。……帰っていいよ、もう終わったから」 慰めはいらない。そんなの、もらったところでどうにもならないから。 私は召喚石を取り出した。この石に願って呼び出せるなら帰すことも出来るよね。 静かに不思議な色を纏う不思議な宝石をみつめていると私の顔が映った。……情けない顔してる。 「俺の話を聞け! ったくさっきから、俺の声を耳に入れてないだろ、わざとか?」 ラガにあっさりと召喚石を取り上げられた。 「あ……」 わざとって、なにが? 見ればわかるよ、紛れもなくあの人は死んだ。 逃れようのないことだよ? 目を背けたい、だけどそんなの許されない。 「いいか、よく聞け。たまに元いた空間と異なる世界に渡る奴らがいる。そいつらはそこで死ぬ程の攻撃を受けると戻される」 「それで良かっただろ。生まれた世界で暮らすことが何よりだ。どうしてその程度のことで沈む?」 それは、本当のこと? それとも気休め? 私にはわからない。 でも。世界は1つじゃない。それは異世界にいったからわかってる。それは事実。 他にたくさんの世界があるって言葉は、今なら信じれる。世の中には嘘みたいな本当のこともある。 だったら……ラガの言ったことは、嘘じゃないのかな。それを信じたい。 信じたいけど、それに縋り付くことは。甘え、もしくは逃げかもしれない。だけどまだ、今は……まだ。 私は目を閉じて深く深呼吸をした。 別の世界で生きていてくれいるよ、と自分自身に言い聞かせる。 「そっか。……鈴実の所に行かなきゃ」 今の私に出来ることは少ないけど、それでもできる限りのことをしよう。 「思い出した……私を封印したのはあの女だ。だが、逃げたな」 とりあえず、戦いはせずに済みそうね。良かった。 さっき離れた所に雷が落ちたけど、そのショックで思い出した? だけどあの場所は清海が向かった場所よね。……大丈夫かしら。 「あいつなら幻想界に帰りましたよ、華科様」 「お前、ルギか……奴を捕らえておけ。私が直々に報いを与えよう」 「かしこまりました」 そう言い残すと、消えた。あれって結局なんだったのよ? 「祁弥」 かしなはくるりとこっちを見た。といっても私じゃなくて妖弧のほうを。 あら? 妖弧が人の姿をとってる。どうして、またそんなことを。 「……ああ」 しばらくの間があって妖弧は答えた。本人が覚えてない名前を他人が覚えてるなんて。 二人はじっとお互い見つめあって近づきあう。触れあったと思った瞬間に2人は消えた。 あ。封印はどうしよう? 逃げられちゃったけど……ま、妖弧がなんとかしてくれるわね。 この世界にはもういない。あの2人は仲が良さそうみたいだし、危険じゃないでしょ。 封印はできなかったけど、これはこれで終ったのよね。自分の世界にでも帰ったのよね、あの雰囲気だと。 こっちとしては封印するものが消えて、面倒ごとがなくなってありがたいし。 「鈴実、どうなった?」 清海がタタタとあたしの所に駆けよって来た。 あの二人の会話から眞流菜もこの世界からいなくなったみたいだし、これで一件落着ね。 「逃げられた、かな? とりあえずこの世界じゃないどこかに行っちゃった。ま、大丈夫よ」 「そうなの? じゃあ帰ろ! 鈴実のお姉ちゃん達もうちにいるし」 清海はあたしが言うなら良いか、と伸びをした。呑気ねえ。 「そうね。今は……十時!? ちょっと、時間経つの早くない? あの時計おかしいわよ!」 公園の時計の短針は十を指していた。長針は十二を指している。つまり、現在時刻は十時ぴったり。 「私が家から抜け出た時はもう九時を過ぎていたよ」 「なんですって! この時間だとうちのお父さんが寝る時間よ! お父さん、一番早く寝るんだもの!」 寝る直前と酔い潰れた時が頼み事をするときの数少ないチャンスだっていうのに。 絶対酔い潰れてるこの時間にお父さんにケータイを買わさせる約束をさせるわよ、今しかないんだから! 私と鈴実は私の家の玄関の前にまで戻ってきた。 鈴実は何ともないけど、私は左腕から血が出ていて服に染み込んでるくらいの状況で。 「ところで、清海はどうやって二階に戻るの?」 「あ……そうだ。うん、私は大丈夫だよ。心配しないで」 ラガに運んでもらえばいいや! ラゴスには頼み辛いけど、ラガになら気軽に頼めるし。 「そう? じゃあ先に入るわね」 家の裏側にそーっと回る。玄関の戸が閉まったのを確認してから、ラガを呼んで部屋に戻った。 そんな事で、ってラガには呆れられたけど私にしては深刻なんだもん。 外出禁止令があったし、服に血が染み込んでるから絶対何かあったって勘付かれるもん。 鈴実のお父さん達はわかってくれてもお母さんがしつこく聞きそうだったんだから。 私はとりあえず机の中をあさって見つけた大きなバンソウコウを貼った。今はこれで良しとしとこう。 「服の血はどうやってごまかそうかなー」 これで外出禁止令はいいとして、血はどうしよう。朝、誰にも気づかれないうちに洗うかな? でもだったら朝の4時くらいには起きなきゃいけないけど……起きれる自信、ないなぁ。 『ガチャ』 やばっ。今のこのカッコお母さん達に見られたら困るよ! ぎぎぎ、と顔を動かすといたのは鈴実だった。 はー、心臓止まるかと思った。鈴実で良かった。 「お父さん、寝てはなかったけど清海のお父さんと酔い潰れてたわ」 「あっちゃー、残念だったねそれは」 酔い潰れてたんじゃ、寝てるのとそう変わらないよね。 「お酒には弱いほうなのに、飲むよね。でも、まだチャンスよ。酔ってる間に頼めばあの頑固親父もオッケー出すし」 酔っている間にしたことでも一度した約束は守るからね。じゃ、お休み。それだけ言って鈴実は私の部屋を出た。 いっつも思うけど、鈴実のお父さんがお酒苦手なんて意外。どっしり構えてる人だから、酒豪に見えるのに。 「ふわっ……うー、一気に疲れが押し寄せて来たなあ……寝よ」 これで一件落着。今日はいろいろあって、何が何だか。 壊れた所がいっぱいあったけど、大丈夫かな。民家に直接の被害はなかったけど、庭とか盆栽が滅茶苦茶だったよ? 私達があの場所にいたなんて事だれも気づいてなかったらいいけど。弁償してくれなんて迫られても困るもん。 |
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